2009年05月05日
しびれた一夜
緋の河に夢は流れて
対岸に届こうとする右手が燃える
(なお)
レイト・ショーでレッドクリフPartUを見る。
きわめて紋切り型の、出尽くしたキャラクタイメージを裏切らないストーリィであるけれど。
しかしながらその昔コーエーの三国志ものRPG攻略に過去多大な時間を費やした私。
背中合わせの戦闘や美しすぎる殺陣、知略に長けた参謀がそよがす扇エトセトラ数々のシーンに血がざわざわ。
しびれながら夜道を帰りました。
2009年04月22日
バスでのんのん
肩寄せて揺られておりぬ春のバス
ひねもすのたりのんのんのたり
(なお)
ぼうしかぶって二人してバスでお出かけ。
初夏の日差しが眩しい。
抱っこの小さなひとは目を細めてふえふえ言っている。
あんまりとろとろ走るので乗客みんな眠そう。
バターのようにとろけそうー。
あっ 降りますランプが紫だ!
終バスに二人は眠る紫の降りますランプに取り囲まれて
(穂村弘)
2009年04月20日
かすかなるむぎぶえ

なのはなのきいろ平らげ
羊雲追いかけまはす虎になりたし
(なお)
産後エクササイズのレッスンで知り合ったともだちと子連れで近所の牧場へ。
わずか車で15分のご近所。
むかし読んだ山村暮鳥の「風景」という詩にあったような
いちめんのなのはな!!!
ここ最近ずっと自分の弱さやこの土地の田舎加減に苛々していた。
この地に来て、暮らしていることで、わたしが手放していってしまった好きだったものや夢とか諸々のこと。
職場復帰やこれからの子と歩む道のりの遠さ。
去来するさまざまな想いも、菜の花の風に吹かれればかすかに薄らいでいった。
そしてこのあとご一緒したママさん&ベビーをEOSで激写して日ごろのストレス発散。
パパラッチされたーと若干引かれるが、いい写真がいっぱい撮れた!
なんとなくカタルシス〜。
2009年04月19日
久々の

打ち合っているほうが(より)正直でいられるような卯月のラリー
(なお)
子と彼と、予約した市営のコートでテニス。
ブランクを経ておよそ三年半のテニス歴。
散々走り、走らされ、疲れたけれども気持ち良い汗をかけた土曜日の午後でした。
子もやさしい風に吹かれてすやすや寝てくれ、ありがたやありがたや。
2009年04月09日
桜の季節

さよならと散りゆくさくら
散りてゆく一つひとつに陰影がある
まなぶたに灼けつくぎんのさくらばな
ただ静まりて真昼間に燃ゆ
(なお)
4月、この土地に来て3度目の桜の季節がやって来た。
青空の輪郭もいくらかくっきりし、風が気持ちいい。
暖かくなってきたので子と一緒に外に出て、
ちょっとずつ、できることから行動範囲を広げていく。
その第一歩が週イチで通うエクササイズ。
マドレボニータプロジェクト
ときには友達を家に呼んでささやかなご馳走とお喋りをたのしむことも。
猫背で縮こまっていた身体も
しゃきしゃきと動くようにこころがけていたら調子がいいみたい。
今日は真夏日のような強い日差しで、散りゆくさくらがきらきらしていた。
くらくら目眩がするほどに。
春はわたしのシナプスを活性化させ、動き出すエネルギーをくれる。
桜のフリルの間につんつん頭を出している葉桜みたいに私の中に芽生えた勇気。
背筋を伸ばしていこうとおもう。
2009年03月31日
弥生尽
かみさまの置き土産かもしれないね
窓際にある光れる椅子は
(なお)
転職してもう2年と4ヶ月が経つ。
いまだに繋がりがあり、
同期や先輩やらちょこちょことメールのやりとりがある。
先週、葉書が届いた。
働いていた当時、私の部署で働いていたバイトの女の子からだった。
「お元気ですか?4月から夢だった小学校の先生になります。
お世話になりました。」
そのようなことが書いてあった。
こんな葉書を彼女が送ってくれたのも、彼女を採用する面接の担当者が私だったからだ。
ダイレクトメールの制作の締め切りに追われてばかりの忙しい部署だったけれど、
彼女はあれからずっとあの場所でバイトを続けてくれて、そして自分自身の夢を叶えた。
私が前の会社に置いてきたとりわけヘンなものは鉄アレイと昇格通知書だったけれど、
彼女という存在が私にとって(勝手に)最後の置き土産だと思っていた。
前の会社でもっとがむしゃらに取り組めばよかったと
いまだに淡い後悔の念もあったりなかったり。
でも彼女と一緒に働けたことは自分がいてよかった、と思える一つの出来事だった。
窓際にある光れる椅子は
(なお)
転職してもう2年と4ヶ月が経つ。
いまだに繋がりがあり、
同期や先輩やらちょこちょことメールのやりとりがある。
先週、葉書が届いた。
働いていた当時、私の部署で働いていたバイトの女の子からだった。
「お元気ですか?4月から夢だった小学校の先生になります。
お世話になりました。」
そのようなことが書いてあった。
こんな葉書を彼女が送ってくれたのも、彼女を採用する面接の担当者が私だったからだ。
ダイレクトメールの制作の締め切りに追われてばかりの忙しい部署だったけれど、
彼女はあれからずっとあの場所でバイトを続けてくれて、そして自分自身の夢を叶えた。
私が前の会社に置いてきたとりわけヘンなものは鉄アレイと昇格通知書だったけれど、
彼女という存在が私にとって(勝手に)最後の置き土産だと思っていた。
前の会社でもっとがむしゃらに取り組めばよかったと
いまだに淡い後悔の念もあったりなかったり。
でも彼女と一緒に働けたことは自分がいてよかった、と思える一つの出来事だった。
2009年02月06日
よなよな

生れ生れてはじめに冥し風立ば刹那阿鼻叫喚の濱木綿
燻製卵はるけき火事の香にみちて母がわれ生みたることゆるす
固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久に男のことば
(塚本邦雄)
まま は まいばん どくしょ しています。
さいきんは 「つかもと くにお」という ぜんえい の ひと の かしゅう が おきにいり だそうです。
でもそのわりには すぐねましゅ。
おやすみなさい。
2009年01月31日
私の1冊 日本の100冊
大学を卒業して以来7年ぶりになるだろうか。
水原先生のお姿を久しぶりに拝見した。
「短歌創作」の授業の講師だった。
学生の評判は高く、「美しい着物を召した先生が見られて単位も取れる素敵な授業」と言われていた。
私は拙い短歌を毎時間提出していたけれど、先生はころころとかわいらしく微笑みながら生徒の作品を評してくださったのだった。
BSデジタルNHKの「私の1冊 日本の100冊」は著名人が心の中の1冊を紹介する番組。平日朝の楽しみです(土曜の朝に一週間分まとめて放送)
水原紫苑さんの私の1冊
まことに先生の美的感覚の原点となる1冊だと感じ入ったのでした。
2009年01月30日
寒の雨

降りいでて漸(やうや)くしげき寒(かん)の雨なみだのごとき過去が充(み)ちくる
佐藤佐太郎『帰潮』
一通のメール戻りて寒の雨涙のごとくゆびさき濡らす
(なお)
ちゃんとした雨は久しぶり。
打たれてみようかな?何て思う。
2009年01月26日
哀悼

さよならは永久の響きか
きれぎれの飛行機雲にあなたをおもう
(なお)
笹井宏之さんがお亡くなりになった。
昨年話題の「ひとさらい」刊行から僅かな時しか経っていないというのに、26歳という若さで。
私が選をしたテノヒラタンカやNHK土曜の夜はケータイ短歌でも、投稿歌人として群を抜いていた。叙情溢れる独自の歌の世界にもう触れられないのは大変悲しむべきことです。
類い稀なる才能でした。さようなら、笹井さん。


